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こんにちは!

昨日読みましたのご報告いただいてました、
31日 6時、23時、1日0時にご報告くださいました方、どうもありがとうございました(^-^)

SQの人気投票、昨日投函しました!
もちろん、英二に一票です!
つーか、これ、大石にも入れてもいいのかな?
人気投票なんて他ジャンルでも参加したことないから勝手がわからん…

さて、先日氷帝戦を観劇し、大石の怪我の意味がわかったと書いたんですが、その話です。
改めて原作の、構成の上手さに感動…やっぱり先生は凄いと思ったのでした。
関東氷帝戦は、大石の怪我による戦線離脱の報告から始まります。
このことに、これから始まる試合の内容が暗示されていたのだわ!と初めて気がつきました。
まあ、気のせいといえばそうかもしれません笑。

関東大会氷帝戦では、6試合が行われ、3勝2敗1引き分けで全国大会進出が決まりますよね。
で、この3勝の全てが、「チームメイトの怪我によって発奮、あるいは勝つべき理由を与えられたこと」による勝利です。

まず菊丸桃城ペアの場合は言うまでもなく、大石のレギュラージャージを預かった桃城は何としても勝たねばならなかった。

そして、河村の負傷を受けて、不二が勝利する。
この時、不二は河村のラケットを手に、コートに入った。

そして最後に、手塚からリョーマには何が手渡されたのか。
これも言うまでもないことです。
かつて大和から手塚へ渡されたものを、リョーマは受け取り、それにより圧倒的な強さを発揮して勝利したのです。
すげー、原作、と思ってしまいました。
大石のエピソードがイントロダクションとなり、クライマックスの手塚跡部戦からリョーマ日吉戦へと駆け登る、この構成の美しさ!

また、彼ら三人の負傷は、自己犠牲の象徴です。
自己犠牲ということが最も明らかなのは、大石の怪我ですが、チームのための犠牲というわけではなく微妙にずらされています。
河村の怪我も、自らの誇りのためという形でほんの少しずらされているものの、それにより不二の心に火を点けた。
そして、手塚は、青学を全国へ導くためには自らの腕が壊れるのを全く厭わなかった。
これらを通して提示されるのは、自己犠牲とそれがもたらす周囲への影響力の大きさ、もっと言えば、全員で勝つとはどういうことなのかということです。
英二と桃城は大石の思いを背負い、河村は阿久津の思いを、不二は河村の思いを、そして手塚は大和の思いをリョーマへと託して行く。
その思いの連鎖こそが勝利への原動力だということです。
こう書いてみると当たり前のことなんですが、連載終了後に原作を読んだ私には、大石の怪我というエピソードはあくまで大菊的エピソードだったんです笑。
ですから、手塚跡部戦への暗示的役割があるとは全く思わなかったんですね…汗

でもって、ここに関わって来ない乾海堂ペアですが、彼らは美意識とも取れる潔癖さにより勝利を逃します。
しかし、二年生の海堂については、この時まだ自らの戦い方を模索しているところです。
そしてそれは、全国大会進出後に実を結ぶことになります。
比嘉中戦では、トルネードを出さずとも、自分の戦い方が出来たと乾に告げる。
全国氷帝戦では、「勝つため」のオーダーである向日日吉ペアを、自らの勝利への作法で圧倒する。
海堂の勝利の作法とは、自らの体を犠牲にするのではなく、体力を極限まで犠牲にすることです。
いつも周りより少しねじれている彼は、ここでもストレートにはいかない。
けれども、彼の戦い方が周囲にもたらす感銘は、決して小さくはないのです。

ホント、テニプリというテキストはよくできていると感心するのでした。
そして、漫画でゆっくりというか休み休み読むとわからなかったものが、演劇の形で短時間に集中して観ると途端にわかりやすくなるもんなのですね。
てにみゅという演劇の形があってくれてよかったな〜と思うのでした(^-^)

ではまた!

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